テレビゲーム

テレビゲームの歴史

続々と新商品が登場するテレビゲームですが、世界初のテレビゲームはどういうものだったのでしょうか?
現在日本はゲームとアニメの世界で世界のトップに君臨していますが、テレビゲームは元々アメリカで生まれました。
テレビゲームとは、テレビ画面に映したオブジェクト(物体)で遊ぶ機械のことを指します。
アメリカ初のテレビゲームは家庭用というよりも、軍事用、といっても過言ではないような状況から生まれました。
テレビ画面に任意のオブジェクトを映す技術は、戦前から軍事用などに使われていましたが、この技術をはじめてゲーム化したのがウィリー・ヒギンボーサムです。
ウィリーはニューヨークのブルックへイブン国立研究所の博士なのですが、研究所が毎年行う研究発表のデモンストレーションで、いつも一般の見学者がつまらなそうにしているのを見て、もっと彼らと研究成果が直接触れ合って楽しめるものを作ろうとアイディアを生み出したのです。
初公開は1958年、テニスのゲームの誕生です。
テニスゲームは見学者に大人気でしたが、一般公開されたのは1958年と59年だけ。
その時プレイできた人は貴重な体験をしましたね。
今となっては幻のゲームです。
ウィリー氏のアイデアを具現化したのは別の人物ですが、ウィリー氏は戦前戦争のための技術開発に関わっていたことを悔い、戦後は科学技術を平和のためだけに使い、積極的に活動しました。
軍事技術から生まれたのはテレビゲームだけではありません。
新幹線も、日本旧陸軍の技術者たちが、戦後に人の役に立とうと、戦闘機の理論を応用してつくったのです。
さて、1961年にも、「迷路のねずみ」というテレビゲームらしきものが出てきます。
プレイヤーがライトペンで作画した迷路を通ってねずみがチーズにたどり着く、という人工知能プログラムの一応用例で、プレイヤーは作画のあとは画面を見ているだけです。
次に開発された「スペース・ウォー」は学生の間で大好評! でもこれもまだ商品化されません。

「コンピュータースペース」が最初にアーケードゲーム商品として発売されるまで、テレビゲームは家庭用と業務用(アーケード)の区別がなかったのです。
ちなみに「コンピュータースペース」を開発したノラン・ブッシュネル氏は「テレビゲームの父」と呼ばれる、ゲーム界で偉大な人物です。
また、家庭用テレビゲームの第1号は、マグナボックス社が発売した「オデッセイ」です。
初代オデッセイの売り上げは約20万台の出荷で成功しています。